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最高裁判所第二小法廷 昭和26年(れ)1556号 判決

主文

原判決を破棄する。

本件を大阪高等裁判所に差し戻す。

理由

弁護人美村貞夫同河上丈太郎の上告趣意(後記)は、刑訴四〇五条の上告理由にあたらないが、職権を以って調査するに、原審において弁護人は被告人の本件所為は、不法侵入者たる武岡健一等の暴行に対し自己又は西山よし子の身体生命の危険を防衛するためになしたものであるから、盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項三号に該当すると主張したのに対し、原判決は右武岡健一等が被告人方を訪れた時、被告人自ら表戸を開き、「用があるなら這入ってくれ」と挨拶していること及び右武岡健一等が被告人方え赴いたのは高田卯一郎から西山よし子の連れ出し方を頼まれたためで、当初から右よし子若くは被告人を実力を以って拉致するとか、または被告人並びに西山よし子を殴打創傷する等の暴行の目的で来たものと認め得る証拠がないということを理由として、武岡健一等が被告人方え這入ったのを目して不法に被告人の居宅に侵入したものということはできないと断じ、更に、尤も右武岡は当初被告人に対し「外え頼まれてくれ」と腕を引張り、其の後中の間え土足のまま上って暴行に及んではいるが、特に被告人から同人等に退去を求めた事跡のない本件では、未だ前記法律一条一項三号に該当する場合とは認められないと判示して、弁護人の主張を排斥しているのである。しかし何人もその住居の如何なる部分といえども、みだりに他人から侵害されない保障を有するものであって、たとえ当初適法に人の住居の一室に入った者も、尓後家人の意に反して、またはその承諾がないのに、擅に他の室に立ち入るが如きことは到底許容されないところである。本件について見るに、原判決の確定したところによると、判示日時武岡健一等が判示の如き事情から被告人方を訪れ、被告人に対し「話があるから一寸外え頼まれてくれ」と申し向けて腕を引張ったので、被告人は同人等が喧嘩に来たものと考え、延引策として『食事中だから待ってくれ』と答えて中二畳の間に引き返し食事を続けようとしたところ、右武岡等は更に中の間土間に立ち入り、武岡健一は「頼まれてくれといっているのに食事するとは常識のないやつだ」と理不尽にも土足のまま座敷に上って食卓を引っ繰り返し、西山よし子を殴りつける等の暴行に及んだというのであるから、特段の事情のない限り武岡健一は被告人の意に反して暴行の目的を以って不法に被告人方中の間二畳の部屋に押し入ったものというべく、尓後同人は前記法律一条一項三号にいわゆる「故ナク人ノ住居ニ侵入シタル者」にあたるものと解するを相当とする。従って、原判示の如く、被告人が当初「用があるなら這入ってくれ」と挨拶した事実があり、また武岡等が不法な目的を以って被告人方を訪れたものではないとしても、ただそれだけで直ちに武岡等を不法侵入者にあらずと断ずることは早計である。即ち、原判決が前記特段の事情について何ら考慮することなく、本件は盗犯等ノ防止及処分ニ関スル法律一条一項三号に該当する場合とは認められないとしたことは審理不尽、理由齟齬の違法があるか、または法律の解釈適用を誤ったものというべく、これを破棄しなければ著しく正義に反するものといわなければならない。

よって刑訴施行法二条、三条の二、刑訴四一一条一号、旧刑訴四四八条の二に従い、主文のとおり判決する。

この判決は裁判官小谷勝重の反対意見を除き、その他の裁判官全員一致の意見である。

裁判官小谷勝重の反対意見は次のとおりである。

(一)上告論旨中刑法三六条一項違反の主張について、

喧嘩闘争は相互の侵害行為であって、従って正当防衛の観念を容れる余地のないことは当裁判所屡次の判例の示すところである。原判決の認定した事実によれば、被告人高田卯一郎の依頼により同人の情婦西山よし子を自宅に預りおるうち情交を結ぶに至り尓来この関係を続けていたところ、之を高田に感知せられ尓来被告人と高田間に紛議を重ねていたというのである。凡そ右被告人の所為は不道義であること勿論であり、事はこの侭で済む筈のものでないことは現に原判示の「被告人は高田が同人等を語らい喧嘩に来たものと考え」たとの点に徴するも、本件のような争の生ずることは被告人の予知していたところと認められるのである。然らば本件は前示正当防衛の観念を容れざる喧嘩闘争の一種であると認められない事案ではないように思料されるのである。然し原判決は被告人の所為を過超防衛行為であると認定したが、刑法三六条二項による刑の減免を行わず、刑法殺人の正条に照して処断しているのであるから、原判決には結局擬律上の誤りもなく亦所論の各違法はないのである。

然らば論旨は結局事実誤認又は量刑不当の主張に帰し刑訴四〇五条(本件は刑訴施行法三条の二に当る事件である)所定の適法な上告理由とならないものである。

(二)上告論旨中盗犯等防止に関する法律一条一項三号違反の主張について、

盗犯等防止法は第一次大戦終了後の大正九年春世界的経済恐慌勃発し、以後累年に亘る我国経済界の不況混乱期殊に昭和三、四年頃の最不況時代において、彼の説教強盗をはじめ兇暴なる強窃盗或は強請押売等の犯行横行したゝめ、之を防止する目的をもって昭和五年五月公布された法律であって、即ち本法は犯罪の面において特殊な常習強窃盗に対し刑法各本条に比し重刑に処し(二条乃至四条)又被害者側の面において刑法正当防衛の条件を拡張し(一条一項)又誤想防衛行為を不罰とした(一条二項)ものであるが、本法に対する論議の中心は右一条の規定であって斬捨御免の悪法であるとの非難のあった法条であるのであるが、本条の適用を受ける防衛又は排除行為は本法二条四条の罪及び之等の刑法各本条の罪並びに以上各条の犯行ありと思料して被害を防衛排除するために出でた行為を指すものと解するを相当と思料するものである。

然らば本件は原判決認定の如く「……高田に感知せられ紛議を重ねていたが……被告人は高田が同人等を語らい喧嘩に来たものと考え」た上の所為であって、喧嘩闘争(こゝでは通俗の喧嘩の義)の行為であることは明白なところである。即ち本件は何等上に掲げた犯行ありとの思料のもとになされたものではないのである。然らば本件は盗犯等防止法を適用すべき事件ではないのである。

ところが、原判決は本件が若し「不法侵入」ならば同法一条一項三号の適用問題を生ずるやに判示しているけれども、結局においては、同法の適用を排除しているから、原判決は結局正当に帰するものである。それ故本点論旨も採用するに値いしない。

されば論旨はすべて理由がなく、又記録に徴するも本件には刑訴四一一条各号の何れをも適用すべき事由あるを認め難いから、本件上告は棄却すべきを相当と思料する。

(三)本件当裁判所の判決(即ち多数意見)に対する意見。

以上私の見解に反し、本件に盗犯等防止法の適用あることを前提とし、もって原判決を破棄し事件を原審に差戻す旨の判決をされた多数意見には到底賛し難いところである。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎 裁判官 谷村唯一郎)

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